能楽の平安時代から南北朝時代の年表です。年表は狂言の由来となる猿楽の登場から始まる能楽の草創期を含んでいますが、なんと言っても圧巻は今熊野神社での観阿弥の成功にです。この時期から観世流が主流派となっていきます。


【平安】794年〜
平安前半 散楽から猿楽へと名称が変わる

【ミニ・コラム】 この頃、猿楽はサーカス的な芸から滑稽な仕草や物真似を主体とする芸に変化しました。現在の物真似は有名人の仕草や声を真似ますが、当時の物真似は、亀やカニ、昆虫の物真似だったようです。こうした滑稽な芸風が、のちに狂言の誕生へと伝承されます。 

10世紀後半 のちに猿楽と融合していく田楽が人気となり、専門の芸人が登場
1052年 この頃、『新猿楽記』編纂(藤原明衡・ふじわらあきひら著)
11世紀中盤 田楽の世界では本座・新座などの「座」が登場

【ミニ・コラム】 この「座」という組織が現在の流派の由来となります。

11世紀後半 東大寺・興福寺などで行われた密教呪師芸に猿楽が採用される
1136年 この年以降、春日若宮祭に猿楽、田楽が参加するようになる

【鎌倉】1185年〜
1256年 興福寺、春日若宮社で演薪猿楽がじられる
1270年 この頃、猿楽の「座」である新座(榎並座)、本座(矢田座)、法成寺座が史上に登場
1271年 散楽の「座」である石王座、若石座が史上に登場

【ミニ・コラム】 この頃より、猿楽は密教の呪術的な芸として全国に広がり、座が各地に登場した。それとともに能的な猿楽が全国的に大人気となりました。

1310年 春日若宮祭で能形式(翁猿楽)の猿楽が演じられる

【ミニ・コラム】 この頃、能が成立したという説があります。

1333年以前 宝生流の始祖であり観阿弥の兄である宝生大夫が誕生
1333年   観世流の始祖、観阿弥が誕生

【南北朝】1336年〜
1338年 足利尊氏が室町幕府を開く
年代不明 大蔵流狂言方の始祖といわる玄恵法印が活躍。生没年不明

【ミニ・コラム】 玄恵法印は比叡山の宗といわれています。聡明だったためか尊氏にその才能を認められ、室町幕府の施政方針である建武式目にも関与したという説があるほどの人物でした。

1348年 金剛流の始祖、坂戸孫太郎氏勝、没。誕生年不明
14世紀中盤 奈良県談山神社へ猿楽を奉納するため、観世流の前身、結崎座が誕生

【ミニ・コラム】 大和四座が誕生した年代は手元の資料ではわかりませんでしたが、いずれの座も同時期に活動を始めていたようです。

【ミニ・コラム】 草創期の大和四座は神社などに猿楽を奉納することを目的としていました。坂戸座は法隆寺に、外山座は結崎座と共に談山神社に、円満井座は初瀬寺を基盤としたようです。

1363年 観世流の2代目、世阿弥、誕生
1368年 足利義満が三代将軍となる。義満はのちの能楽の誕生に重要な存在
1375年 足利義満は、京都の今熊野社で演じられた観阿弥、世阿弥親子の能に感激、重要な支援者となる

【ミニ・コラム】 この出来事はまさに能楽の発展の始まりといって過言ではない出来事で、これをきっかけに観阿弥は能の第一人者となったのでした。ただ、その舞台となった「今熊野社」の所在地がはっきりとは解っていません。候補地としては、現在の「新熊野神社」「新日吉神社」「今熊野観音寺」の三カ所。ちなみに「新」と書いて「いま」と読ませています。

1384年 観世流の初代、観阿弥、没

[参考資料]