金春流の始祖の話は別として、秦氏が日本に持ち込んだかも知れない「散楽」の名称が資料に登場するのは、実は、秦河勝が活躍した時代から約300年ほど降った8世紀前半のことでした。


 ただし、能楽の元祖とはいっても、当時の散楽は現在の能楽とは似てもにつかないもので、それは、ちょうど現代の中国雑伎団のようなサーカス的な芸だったのです。
 その散楽という大陸から来た珍しい見せ物は貴族達の間で大流行しました。人気のあまり、散楽の芸人養成のための国立学校「散楽戸」(年表参照)が設立されるほどで、それを演じる芸人もどんどん増えていったのです。
 これは、まるで近年の漫才ブームに一役買った「若手漫才師の勝ち抜き番組」を思い起こさせます。

[参照年表]弥生〜奈良