能楽の明治時代から平成時代までの年表です。この期間は、幕府の解体、日清戦争、太平洋戦争と、能にとっての衰退期が度々訪れましたが、能はより完成された伝統芸能として着実に発展していきました。


【明治】1868年〜
1868年明治維新

ミニ・コラム 幕府の解体とともにスポンサーを失った能役者は廃業、流派も四散しました。能の成立後、最大の危機といわれています。

1878年能復興の第一歩として青山御所に能舞台建築
1881年能楽社設立

ミニ・コラム この時から能を能楽と呼ぶようになりました。

 同年芝公園に芝能楽堂建設。能楽復興の中心となる
1896年能楽社の後身として日本能楽会設立。名人集団として現在も活動

【大正】1912年〜
1922年能楽協会、設立。日本能楽会会員を含めたプロ集団として現在も活動 

ミニ・コラム この頃の近代化により演者同士の流派を越えた交流が進み、別流派のシテ方、ワキ方、囃子方、狂言方が共同で演じる習慣が出来ました。その一方、家元制度が強まり保守性が進んだともいわれています。

【昭和】1926年〜
1941年太平洋戦争、開戦
1945年太平洋戦争、終戦

ミニ・コラム 日中戦争、太平洋戦争と相次ぐ混乱のなか、能楽は第三の衰退期に入りましたが、その後の人材発掘、若手育成など、現代的で開かれた制度が成功して現在に至っています。

1963年二十三代金剛右京氏慧、没。大和四座の金剛家は一旦途絶える

ミニ・コラム 野村信吉を始祖とする野村金剛家の巖が金剛を名乗るようになり、金剛流の宗家として現在まで続いています。

1983年国立能楽堂、建設。能楽は国に保護されるようになる
【平成】1989年〜

ミニ・コラム 昭和の時代に比べて、演能の会開催される回数が激減していると日本能楽会の方に伺いました。
ミニ・コラム 観世流の大鼓方の始祖と、高安流ワキ方始祖の高安長助は生没年不明。もちろん、両流派とも能楽会会員として現在、活躍中です。


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【参考資料】
『国史大事典』(吉川弘文館)
『平凡社大百科事典』(平凡社)
『能楽全書』(東京創元社)
『能と狂言』(林和利著 世界思想社)
『能楽史事件簿』(横浜能楽堂)
『「能」と佐渡・越後』(萩美津夫著 新潟日報事業社)
『能にアクセス』(井上由理子著 淡交社)
『能楽入門1 初めての能・狂言』(小学館)
『能楽入門2 能の匠たち その技と名品』(小学館)
『日本史用語集』(山川書店)
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