能楽の安土桃山時代から江戸時代までの年表です。喜多流の登場により現在と同じ能の五大流派が出揃いました。また、舞台や能面の高度な造作技術、絢爛豪華な能の衣装の登場、そして、楽曲のスタンダード化、能楽三役など、現在の能の形態がほぼ出揃った時期でした。


【安土桃山】1568年〜
年代不明 大鼓方、石井流の始祖、石井庄左衛門滋長は生没年不明
1568年 織田信長がワキ方の観世小次郎元瀬と小鼓方の観世彦右衛門に領地を与える
   この頃から応仁の乱の戦渦で衰退していた能がしだいに復興
1573年 室町幕府、解体
1574年 野村金剛家の始祖、野村信吉、誕生
1579年 小鼓方、幸流の宗家、四郎次郎忠能、73歳で没
1584年 大鼓方、葛野流の始祖、葛野九郎兵衛尉定之、誕生
1594年 豊臣秀吉が大和四座による春日若宮祭の猿楽を復興

ミニ・コラム 豊臣秀吉、徳川家康など、戦国武将達の支援を受けることで、能は再び隆盛期に入りました。この頃から、能面の造作技術、能舞台の形式の発展に加え、能衣装は一層豪華となりました。

1595年 森田流笛方の始祖、森田庄兵衛光吉、誕生。
1597年 この頃、観世流太鼓方の名人、観世与左右衛門国広、誕生
1598年 能を復興した豊臣秀吉、没

ミニ・コラム 大和四座は、能の功労者である秀吉を祭った豊国神社に、奉納能を開催していました。

【江戸】1600年〜
1600年 藤田流笛方の始祖、藤田清兵衛重政、誕生
1603年 徳川家康、征夷大将軍となる。秀吉と同様に能を保護

ミニ・コラム 大和猿楽四座の拠点は京都を中心としていました。しかし、家康は将軍となると、各座は駿府へ移転、さらにその後、江戸に入りました。とはいっても、江戸時代に入ったばかりの頃は、まだ京都の方が能が盛んだったようです。

 同年 大倉流小鼓方の始祖、大倉権右衛門宣仍、没。誕生年不明。
1605年 徳川秀忠、二代将軍となる。秀忠は北七太夫長能を養護

ミニ・コラム この頃、喜多流の始祖、北七太夫長能が活躍するようになり、能の流派は四座一流と呼ばれるようになりました。
江戸初期 シテ方、ワキ方という専門職が発生
ミニ・コラム この頃、能の演目のスタンダード化が進みました。そのため、新曲を作るより既存の曲を探求する傾向が強まったのです。現在のポップ・シーンにおける「カバー」に似てますね。また、現在のような家元制が定着し始めたのもこの時期のようです。

1606年 ワキ方福王流の始祖、福王神右衛門盛忠、86歳で没
1612年 小鼓方、幸清流の始祖、幸久次郎友能、没。誕生年不明
1623年 徳川家光が三代将軍となる。

ミニ・コラム 北七太夫長能の息子、十太夫当能が家督相続を認められ喜多流が成立しました。

1632年 森田流笛方の始祖、森田庄兵衛光吉、36歳で没。
1637年 野村金剛家の始祖、野村信吉、没
1646年 徳川綱吉、五代将軍となり、能に没頭
1657年 大鼓方、葛野流の始祖、葛野九郎兵衛尉定之、72歳で没
1677年 笛方、藤田流の始祖、藤田清兵衛重政、76歳で没
1692年 ワキ方宝生流の始祖、春藤権七、没。誕生年不明
1842年 江戸時代最後の能公演、「弘化勧進能」が宝生流により15日間にわた盛大に行われる。場所は江戸神田筋違大橋。現在の千代田区神田万世橋近く(JR秋葉原駅近く)。

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 【参考資料】
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