能楽の室町時代の年表です。この時期は、世阿弥、金春禅竹、音阿弥などの突出した名人が大活躍しました。そのため、能は盛んとなり、能楽三役にあたる各流派の始祖もこの時期に多く登場しています。

【室町】1392年〜
1392年 南北朝の対立が終わる
1393年 観世流の3代目、音阿弥、誕生
1405年 金春流の57代目、金春禅竹(氏信)、誕生

ミニ・コラム 禅竹は世阿弥の甥に当たり、金春流を飛躍的に発展させた人物でした。

1418年以前 観世流の奥義書『風姿花伝』(世阿弥著)が第7編まで完成

ミニ・コラム 「能」という言葉は、当時、芸能や能力などの意味で使われました。現在使われている「能楽」としての意味で使われ出したのは『風姿花伝』が最も古いとされています。

1424年 観世流の奥義書『花鏡』(世阿弥著)が完成
1429年 足利義教が6代将軍となる。名人、音阿弥の支援者
1438年 この頃、観世流太鼓方の始祖、観世与四郎吉国、誕生
1443年 この頃、観世流の2代目、世阿弥、没

ミニ・コラム 世阿弥は晩年、佐渡へ島流しにされました。その理由はわかっていませんが、足利氏と南朝の確執に巻きこれたという説が有望のようです。また、世阿弥が島を出て亡くなったのか、島で亡くなったのかについても不明です。権力者の支援を失った時の有名能楽師の転落は、このあとの時代にも何度か繰り返されました。それはスポンサーを無くした時の能楽師の宿命かもしれません。能楽史上、最も重要な存在だった世阿弥すら人知れず死を迎えたようです。

1458年 金春流太鼓方、始祖、金春三郎豊氏、没。誕生年不明
1452年 この頃、大倉流大鼓方の名人、大倉九郎能氏、誕生
   九郎は大倉流の始祖、大倉信喜の子。信喜の誕生年は不明
1467年 応仁の乱。京都における約10年に及ぶ戦乱のため能は急激に衰退
 同年   観世流シテ方3代目、音阿弥、没

ミニ・コラム この頃から春日若宮祭などの猿楽が途絶えました。

1470年 この頃、金春流の57代目、金春禅竹、没
1481年 この頃、観世流小鼓方の始祖、宮増弥左衛門親賢、誕生
1493年 この頃、観世流太鼓方の始祖、観世与四郎吉国、54歳で没
室町中期   和泉流狂言方の始祖、佐々木岳楽軒の生没年は不明
室町後期   能の歌にあたる「謡(うたい)」が町民の間で大流行

ミニ・コラム この頃、囃子方の名人が続出。公演には狂言も取り入れられるようになり、現代能の輪郭が確立しました。
1497年 大鼓方、高安流の始祖、高安与右衛門亢美(ちかよし)、誕生
1505年 小鼓方、幸流の始祖、幸四郎次郎忠能、誕生
1519年 ワキ方福王流の始祖、福王神右衛門盛忠、誕生
1527年 笛方の始祖、檜垣本彦兵衛(通称:笛彦兵衛)、没。誕生年不明
   笛方、一噌流の始祖、中村七郎左衛門は彦兵衛の門人。生没年不明
ミニ・コラム 現在も活躍している能楽の笛方三流派は、彦兵衛というひとりの秀でた人物による流儀を継承しているようです。

1544年 大倉流大鼓方の名人、大倉九郎能氏、約90歳で没
1556年 観世流小鼓方の始祖、宮増弥左衛門親賢、約74歳で没
1557年 大鼓方、高安流の宗家、高安与右衛門亢美(ちかよし)、59歳で没
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 【参考資料】
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